我が町小川の昔話

前頁で少し疲れたので、小川の昔話を少しお話します。

1私の家の近くに海蔵寺というお寺があります。御地蔵さんという名前で一般にしられています。今からそのお地蔵さんに
昔からつたえられているお話を書きます。
[市制30周年発行のやいづの昔話より]

小川の御地蔵さん
 
今から480年前室町時代の事です。小川に安養寺というお寺がありました。今海蔵寺といわれています。
御地蔵さんといわれるようになった由来は、1500年の夏(明応9年)
城の腰村の沖で、毎晩何か控えるものがあり、
村の人は不思議がっていました。そんなことが続いたある日吉兵さんという漁師が鰯を採るための網をしかけさて
引き上げようとしたところずっしりと重いものがかかっていました。びっくりしてひきあげようとしたところズッシリ重い
長さ1米もある木の御地蔵さんでした。
吉兵さんはびっくりして急いで引き上げてを合わせて拝みました。
小さな仮のお堂を建てて祀りました。それからしばらくして村人の独りが夢をみました。夢のなかに御地蔵さん
が現れて「この浦の西にある安養寺は私と縁のある御寺です。私をそこに移してくれたら、必ず
お前たちを守ってあげよう願い事も叶えてあげよう」といいました。村人はこれをきき「有難いことだ
ぜひ安養寺にお祭りしよう」とそのお地蔵さんを寺に運びました。
海からあがった御地蔵さん、、こんな不思議な縁でそれから海蔵寺というようになりました。
この地方は昔大雨のたびに大井川が氾濫し田畑はたいへんな被害をうけました。
御地蔵さんになんとか氾濫をとめてほしいとお願いしました。かわの水があふれそうになると
皆堤防の上に集まっておいのりしました。この地蔵は川除け地蔵尊ともよばれています。
また、小泉八雲の小説「漂流」の題材となった「甚助の板子」は、江戸末期に焼津から讃岐に向かう途中、伊勢沖で遭難した船乗りの天野甚助がこの板子につかまって助かり、そのお礼に奉納されたというものである。
 紀州徳川家とのかかわりも深く、海上安全、川除けにご利益があるといわれています。